7話
そして、なぜだか今に至っているのである。
暗闇、静寂、どこなのかも分からない場所・・・そのどれもが人々の不安と恐怖を駆り立てるものである。そのすべてそろった中でネオンはこれからどうすればよいのかを考えていた。
ネオンにとって唯一にして最大の幸いであったことは、月がそこにあったことだった。月の存在が、ネオンの本当は不安で不安でたまらない気持ちを落ち着けてくれていたのだ。
ネオンは、しばらくの間どうすればよいのか考えていたが、この状況の中で何が正しい判断なのかは皆目見当もつかなかった。そこで、とりあえず歩いてみようかと考え立ち上がったネオンの耳に、何かの音が聞こえた。それは蚊の鳴くような小さな音ではあったが、この状況を脱会する唯一の手がかりであるであろう、この微かな音を何としてでも聴き取ろうと、ネオンは目を閉じて懸命に耳を澄ました。
―・・・音楽?―
ネオンはそれが何の音かまでは分からなかったが、音楽ではないかと思った。そして、その音楽の聞こえてくるとおぼしき方向へと、ゆっくりと歩き出した。
微かにしか聴き取れなかったメロディーは、だんだんと、その形を現していった。
―この音は・・・ピアノだ。―
とうとう、そのメロディーの聞こえてくる扉と思わしき壁の前までやって来た時これを“感動” そう言うのだろうと、ネオンは思った。ネオンは今、自分が置かれている危機迫った状況のことなど微塵も考えることができないほど、この黒い扉の奥から聞こえてくるグランドピアノの力強く、繊細なメロディーに心を奪われてしまっていた。
ゾクッ
もっと近くで聴きたくて、もっと近くで見たくて
ゾクッ
もっと、もっと、という思いで、気が付くと黒い扉に両手をつき、前方へと思い切り力を向けていた。
バタンッ
と、いう音と共にそのメロディーは止まってしまった。
「・・・。」
数秒の後、ネオンは自分の仕出かしてしまった事の重大さを理解した。
―うそっ!どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう!―
懸命に音を辿ってきて、その音色に感動して、わけも分からぬままに盛大に扉を開けてしまうなんて、何てことをしてしまったのだと、今まで経験したことのないような後悔がネオンの頭の中で駆け巡り、完全に思考は停止してしまっていた。
後は、ネオンの視野に入っているものが勝手に網膜を通してネオンの脳へと情景を伝えているだけの簡素な状態へとなっていた。地面は少しこげ茶色になった木製の床。辺りは薄暗く、ネオンから3メートルほど離れた所には、よく磨き上げられていると思われる、美しく指紋もついていない黒く大きなグランドピアノが置かれていた。
そして、少し素人が見ただけでも良い物であるということが容易に予測されるほど美しいグランドピアノからは、そこに人が座っている気配がした。未だ思考の停止してしまっているネオンは、視覚による情報しか得ることができず、ネオンの緑がかった色をした瞳はグランドピアノと、そこに座っているであろう人だけに釘付け状態となっていた。
しかし、間接照明がそれらを後ろから照らしているために、ネオンからその人は全く見ることができなかった。ネオンの瞳は「眩しい!目を逸らせ!」と、警告を鳴らしているのだが、なぜだか目を逸らすことができずにジッと見つめ続けた。
「・・・貴様っ・・・。」